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札幌高等裁判所 昭和25年(う)560号 判決 1950年11月08日

被告人

中村政司、谷口博人、角田文祐こと

角田丈助

主文

本件控訴を棄却する。

当審の未決勾留日数中参拾日を本刑に算入する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人諸留嘉之助の控訴趣意について。

先づ訴因の追加変更を命じなかつたのは判決に影響を及ばす法令の違背であるとの控訴趣意について考えて見る。刑事訴訟法第二百五十六条第三項に「公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならない」とあり同法第三百十二条には、「裁判所は、検察官の請求があつたときは公訴事実の同一性を害しない限度に於て起訴状に記載された訴因又は罰条の追加撤回又は変更を許さなければならない。(第一項)裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることが出来る。(第二項)」と規定しているが是等の規定は被告人に対しては審判の対象を明確に限定し被告人の防禦権行使に遺憾なからしめることを目的とするものである。(同法第三百十二条第三、四項参照)従つて犯罪の手段方法も起訴状に訴因として明示せられたものと異なる為被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がある場合には訴因変更の手続をしなければならないが被告人の防禦に実質的な不利益を及ぼさないときは訴因変更の手続をしないで起訴状に記載せられたのと異なる手段方法を認定しても違法ではないと解するのが相当である。然るところ本件に於て第一、及び第三の詐欺の欺罔手段につき起訴状の記載と原判決の記載との間に弁護人が指摘するような相違はあるけれどもその要旨はいづれも被告人が「自分は川西の奥のトツタベツ部落で開業している医師であるから相当な資力がある。

自宅に帰りさえすれば金は何時でも持つて来れるのであるが今急用に間に合はないから一寸貸して欲しい、すぐ自宅から持つて来て返す」と全く事実に反する虚言を弄し借りた金を返す意思がないのに拘らず支払能力があり直ちに返済するかのように相手方に申し向け相手方をしてそのとおりだと誤信させた結果借用金名下に判示金円を騙取したという趣旨であつて原判決がその第一事実の判示で(一)「山の弟から兄が病気だから診て呉れと頼まれて来たと称し爾来三月中旬頃迄同人方に滞在し」とあるのはこれに引継ぎ「その間その事実及び云々の如く装つて」とあるところからも明かなとおり被吾人が医師であると詐つた経緯を説明しているに過ぎないし(二)「澱粉を売つて返すから医師会の宴会があるので金を貸して貰いたい。」との部分及び第三事実の判示中「医師会の集会で金が要るので金を貸して貰いたい。」との部分は支払能力があるということゝ急用の金であるということゝについて多少詳しく説示したまでのことであつてこのようなのは訴因の変更をなすべき場合に該当しない。原審が訴因の変更を命じなかつたのは相当で論旨は採用出来ない。

(弁護人諸留嘉之助の控訴趣意)

一、起訴状公訴事実第三は同年(此の同年と云ふのは昭和二十三年を云ふ)三月頃帯広市西七条南五丁目亞麻会社々宅栗林石之助方に於て同人に対し実は約束通り返す意思も其当てもないのに之れある風をして「私は川西の奥のトツタベツと云ふ部落で医者をして居る者でそこへ行けば直ぐ金を貰つて来ることが出来るのだし直ぐ貰つて来て返すから一寸貸して呉れ」と云ふ意味のことを申向け栗林をして其旨誤信させた上同人から

(一)  同月二十三日同所に於て現金四千円を

(二)  同月二十四日頃現金千五百円を

(三)  同月二十五日頃現金五百円を

(四)  同月二十六日頃現金五千円を

(五)  同月二十九日頃現金参百円を

(六)  同月三十日頃現金弍千円を

(七)  同年四月十六日頃現金弍百円を

騙取したと記載あり。依て先づ起訴事実と認定事実との詐欺手段を対照すれば認定事実は三月末頃から同年四月下旬まで前記今村松五郎の紹介により知合つた帯広市西七条南五丁目三番地栗林石之助方に滞在中医師会の集会で金が要るので金を貸して貰ひたいと急に入用に迫り居ることを述べて被害者に同情を求め貨与の決意を惹起せしめた事実は起訴状公訴事実に記載なく単に約束通り返す意思もなく其当てもないのに之れある風をしてと抽象的に記載しある丈けで如何なる方法で錯誤に陥らしめたか不明であるのを審理の過程で発見したのであるから刑事訴訟法第三百十二条第二項により裁判所は検察官に訴因の追加を命ずべきものであるのを原審が慢然追加したのは刑事訴訟法第三百三十八条第四号に該当するから同法第三百七十九条の訴訟手続の違反が判決に影響することを信ずるに足りるものであります。

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